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15-08
命を大事にする仕事として・・・ 中井結未衣さん
2015-08-10 11:00:11
タイトル

「株式会社バラの学校 中井結未衣さん」

兵庫県神戸市ご出身、表参道で12年プリザーブドフラワーのお店を経営されてきた中井さん。東日本大震災を経て「花」を扱うビジネスの在り方に疑問を感じ館山で新たな形を求め3年間。「はじめの三日間は泣いて暮らしました・・」都会生まれ、都会育ちの中井さんが山間の地域ではじめた暮らし、お仕事のお話をお聞かせいただきました。

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準備が始まった頃のバラ園


中井 もうね、最初の3日間は泣いていましたよ。(笑)とにかく夜になると真っ暗で寂しくて心細くて。夜は暗いのだ・・ということを改めて認識しましたね。

 おせっ会 神余は館山のなかでも特別静かな場所ですものね。

 中井 そうなんですよね。ある思いがあって、この活動をはじめるべく栃木県とかにも場所を探してみたのですが、この神余に一目惚れだったんです。もうここしかない!って。

ところが、別に田舎暮らしにあこがれて来たわけではないので、住み始めていきなり、真っ暗な夜という現実に直面・・ポロポロ涙がこぼれてしまったというわけです(笑)

 おせっ会「とある思い」とは?

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被災地にて


中井 2011年の東日本大震災の直後、プリザーブドフラワーの仕事仲間数名と南三陸の被災地支援活動に参加し、プリザーブドフラワーを持って行きました。正直、被災者のみなさんにとってはもっと水、食料、衣類など日常の必需品の方が嬉しいかもしれないなぁと思っていましたが、プリザーブドフラワーなら長持ちしますし、少しでも気持ちが和めばと思いまして・・、ところが、南三陸の人たちが大喜びしてくれたんです!

「わぁ〜!お花が欲しかったのぉ〜!」って。そう言われた時にハッとしました。


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被災地にお届けさしたプリザーブドフラワー


「わたしは、花が好きで花をビジネスにしていたけれど、なんだか本質が曲がっていた。」って。ビジネスにしているのだから、ある程度はしかたないのかもしれませんが、お花に対して“売上” “利益”という部分ばかりを見ていて感覚的に無機質になっていたと・・。

もっとお花のビジネスを“命”を大事にする仕事としてやり直したかったのです。


おせっ会  命を大事に・・ですね。それでバラの栽培からやることにしたわけですね。

 

中井  はい。それで、ご縁がありこの土地と出会ったわけです。

 

おせっ会  それで、3日間泣いて暮らすことになったわけですね(笑)

 

中井  そうですね(笑)それでもね、4日目の夜がとても晴れた月夜になりまして、

月の明るさを実感したのです。

「月って明るいんだ・・」って感動しちゃったんです。それからは、すっかりこの地域の夜にも慣れ、泣かなくなりました(笑)ここは星空もすごいキレイ!本当に素敵です。

 

おせっ会 でも、神戸で育ち、表参道でビジネスをして、それまでの中井さんの人生は都会にあったわけですので、館山の、しかもこの神余のようなところでは田舎暮らし自体に興味があったわけではない中井さんにとって不便で寂しいものでしたでしょうね。

 

中井 う・・ん実はですね、ここでの暮らしに不便さを感じたことは一切ないんです。

生活に必要なものは車でちょっと走れば何でも手に入るし、月に3,4回は仕事がらみで東京にいきますので特別なものはそこで調達できますしね、東京なんて日帰りできますから。

神余は生活するには充分です。

それよりも、徐々に神余の自然やひとたちに魅了されていきました。

神余だけではなく館山・南房総全体としていいところだなぁ・・と思います。

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おせっ会 どんなところが館山っていいなぁ・・と思われますか?

 

中井 そうですね・・いろんな魅力があると思いますが、変わって欲しくないモノや、コトがしっかりと残っているということでしょうか。

自然、文化などはもちろんのこと、町並みもなんとなくいい雰囲気を残されているんですね。お店の看板とかが、ちょっとレトロでかわいいなぁ・・って思ったりすることもあります。

 

おせっ会 ほぉ〜、ずっとここに住んでいると「こんなモンかなぁ・・」と当たり前になってしまっているのですが、そういう目でみると館山の街なかも面白いんですね。

館山に住んで困ったことなどはありませんか?夜が暗い・・ということ意外で(笑)

 

中井 う〜ん、取り立ててないのですが・・

あぁ、強いていえば・・ですけど東京で暮らしているときに使っていた銀行の支店が館山とか南房総にはないということですね。入出金などはネットやコンビニでできてしまうのでいいのですが、通帳の記帳とか、そのほかちょっとした手続きなど窓口がないと不便ですね。まぁ、それも仕事で東京に行った時にまとめてこなしますのでさほどの問題ではないです。

 

おせっ会 少しご商売のお話をお聞かせください。さきほど、少し見学をさせて頂きましたが、深い森がまわりにあって、真ん中を小川が流れ、とてもいい空気の流れるバラ農園ですね。これはお一人で作られたのですか?

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中井 ありがとうございます。

色んな方のお力をお借りして作りまして、今年で3年目に入ります。

最初の1年は開墾して土作り、2年目でバラを移植して蕾まで作りましたが、丈夫なバラを作るためにこの年はすべて剪定し花は咲かせず、3年目の今年になってはじめて出荷をはじめるに至りました。

 

おせっ会 そんなに時間をかけられたのですね!!大変な作業ですね、逞しいなぁ!

 

中井 そうですね〜。でもね、元々私は土いじりが苦手だったんです(笑)

もうね、土をほっていてミミズが出てくると「ギャ〜〜〜ッ」なんて言いながら2mくらい瞬間移動してましたもん! いまではミミズが居るということは土がいい状態という証ですので有り難い存在にしか見えなくなりましたが。

 

おせっ会 ミミズは気持ちのいいもんじゃ無いですもんね・・。

 

中井 栽培方法は、食用にもするので無農薬、有機栽培にこだわっています。

 

おせっ会 有機栽培ですか!お花は難しいと聞きますが、特別な農法なのですか?

 

中井 いえ、実は、なるべく誰でもやれる栽培方法にしているのです。

この栽培方法を多くのひとが実践できるようにして広めることがこの農園の目的でもありますので、高価な道具が必要だったり、ものすごく難しい農法だったりしないようにしてあります。食用バラ栽培のお教室もやっているんですよ。

 

おせっ会  あ、それで「バラの学校」なのですね!(いまさら失礼)

 

中井 そうですね。(笑)

その他にもプリザーブドフラワーのお教室やバラを使ったジャムづくり、香水づくりのお教室もやっております。

また、バラ関連だけではなく、野菜の勉強、起業塾、写経、体育、算数など「大人向けの学校を開講します!

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おせっ会  まさにバラに囲まれた学校ですね。

 

中井 それ意外に、バラ風呂用の花の出荷や、苗の販売、バラのガーデニングデザインや、剪定などの造園仕事の請負もしております。

 

おせっ会 お忙しいですね〜!!

それに、今年の5月には、このカフェもオープンされたのですよね?

 

中井 カフェではなくて、カファです。

 

おせっ会  カファ?

 

中井 はい、カファです。これは造語なのですが、カフェとソファを組み合わせたネーミングでして、お客さまがのんびりと寛ぐ時間をお過ごしになる場所というコンセプトを込めています。

 

おせっ会  素敵な“カファ”ですね。やはりバラをお料理に使うのですか?

 

中井 はい、“おなか一杯食べてもカラダに良いもの”が一つのテーマになっていまして、地域で採れる安心で安全な無農薬の野菜をふんだんに使い、お飲み物や、お料理の添え物、ソースなどにバラを活用して、すべて手作りで提供させて頂いております。

この地域で採れる野菜って土がいいのか、気候がいいのか、すごく美味しいですよね。

こういった野菜にもやはり命をすごく感じます。形が少し悪くて出荷できないものなども仕入れてきて、スムージーにして提供したりしております。バラだけでなく、野菜の命も無駄にしたくないなぁ・・って。

 

この地域に移住し、お金では買えない、すごく貴重な事を学ばせて頂いたと思っています。

 

この地域にとっては、すごく当たり前のことなのかもしれないけれど、季節、季節に旬の野菜があり、目の前で採れるものが手に入り、そして季節が終わるとすっかり手に入らなくなり、次の旬の恵みが現れてくる。畑、山だけではなく海にも囲まれたこの土地は命にあふれていてとても豊かです。とても貴重で大事なことです。

 

東京にいると、どんな食材でもお金を出せばなんでも一年中手に入りますでしょう?

だから、そのありがたみが解らなくなってしまっているのかもしれませんね。

 

そういったことを含めて、震災の時に思った、「“命”を大事にする形でやり直したくなった」を会社全体の事業のなかで実現してゆきたいと思っているのです。

 

おせっ会  震災の現場での気づきを徹底して実現しようとなさっているのですね。

素晴らしいなぁ。 そんなお気持ちがこのお店の穏やかな雰囲気に出ているのでしょうね。

 

中井 ちなみにこの店の内装もちょっと手作りで頑張りました!

 

おせっ会 え!内装!?

 

中井 と、いっても簡単なところだけですけどね(笑) 壁は全部自分で珪藻土を塗りましたよ。いやぁ〜けっこう難しかったなぁ・・。思った以上に材料をつかってしまって、やっぱり素人だからですかね??

あれ?職人さん頼んだほうが安かったんじゃない?ってくらいかかっちゃいました(笑)

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おせっ会 そうですよね?壁塗りってけっこう難しいですよね。

それにしても、農園もあり、カファもあり、販売があったり、お教室があったりお忙しいなかよくやられますね・・。

 

中井 神余地域のひとをはじめ館山の多くのひとが、ちょっとした家の補修から、野菜づくりまでいろんなことを自分でやってしまうんですよね。

そんな人たちも見ていたら、なんか自分もやりたくなっちゃったんです。

だから、今は早起きして農園で作業して、そのあとカファ。カファが終わったらまた農園というスケジュール。

それでも、なぜか東京に居たときよりも心にゆとりがありますし、気持ちが豊かです。

 

おせっ会 「株式会社バラの学校」の今後の展開は?

 

中井 まだ、本当に“夢”の段階なんですけどね、最終的にはバラでお出迎えして、バラでおもてなしをし、バラで眠り、バラでお送りする「バラのホテル」を作りたいなぁって思っているのです。いつできるのか分かりませんけどね。

 

おせっ会 それはまた素敵な発想ですね!是非、叶えてください。

僕も楽しみにしています。

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「バラの学校」 「マダムナカイのローズカファ」

294-0023

千葉県館山市神余4588-1

電話 0470-29-5800

 

□営業時間   11:30〜14:00 LO(ご予約のお客様優先)

WEB SITE / http://www.baranogakkou.co.jp/





15-06
Uターンして天然色染屋 古今を開業 「大森佳三さ...
2015-06-16 15:47:08

デザインの専門学校を卒業後、船橋市のシルクスクリーン印刷会社に就職、印刷技術者として、生産管理や加工方法の開発のお仕事に携わったあと、2009年に千葉市で「天然色染屋 古今」を開業し、2012年に故郷の館山で、自社で染めた天然色の帆布バックの製造販売を手がける「KUJIRA」を開業Uターンした大森佳三さんにインタビューをしました。

コーヒーとアンティーク物を愛し、産業革命時代のイギリスに憧れる34歳。

面白いお話をお聞きできました。


 おせっ会:大森さん、高校卒業までは館山でお暮らしだったんですよね。


 大森:はい、館山高校商業科(現館山総合高校)の卒業です。

父もそうですが、親戚がわりと商売をしている人たちが多いせいか、ぼんやりと自分もいつか商売をしてみたいなぁ・・と考えていて、商業科を選んで進学しました。

その後、強い希望はなかったのですが絵を描くことが好きだったので、デザイン系の専門学校へ進学しました。別にデザインを仕事にしよう!それで独立しようというわけではなかったんですけど・・。

独立して大きくなるぞ・・的な野望はなかった。     

本当に自分が作りたいものを作りたくなってしまった。

館山でなくとも実は、よかった・・けど。          


  おせっ会:中学を卒業のころ、すでに独立志向といえばそうだったんでしょうか。

 

大森:そうですね・・でも、さほど独立して大きくなるぞ!的な野望がある感じでもなかったのですが、独立前にお世話になっていた会社が非常にフレキシブルな会社で、業務に差支えのない、もしくはプラスになるのであれば社内独立のような形も許されるような環境にありました。そんなこともあり実は2009年には千葉で自分のバッグを作り、販売を始めていたのです。

 

おせっ会:では、起業Uターンという形というより店舗移動という感じだったのですね?

 

大森:そうですね。

会社のなかで加工方法の開発をしたりしているうちに、本当に自分で作りたい形やコンセプトが出てきたのです。それを実現したくなってしまって。

そもそも、染の仕事も、企画のなかでいろんな生地をいろんな色に染めていくなかでその奥深さにハマってしまった・・というのがきっかけ。草木などの天然の染料から生まれる色がとっても面白いのです。

 


そんなことを会社のなかでやるには、利益を出さなくてはならないので、やはり難しいことも出てきます。「だったら自分の店でやっちゃおう!」というノリ。

 

おせっ会2足のわらじですね。それを本格的に専業にするためにUターン!という感じですね!?

 

大森:う〜ん・・、僕はどうしても館山に帰ってきたかったわけではないのです。

確かに、この仕事に本腰を入れたくはなっていたのですが、「大好きな館山に帰って自分の好きな仕事を突き詰めるぞー!」的な感じではなかったのが正直なところです。

現実論としてこの仕事を専業でやろうとしたときに、すぐに売れるようになるわけではないと思っていましたし、長く続けていくためには少しでも経済的リスクを下げることが必要でした。そういう意味では実家に住みながらやるということは大きなメリットでした。それと、実は母が洋裁の技術を持っておりまして、身近に商品作成の発注ができて、細かい注文もしやすいというメリットも大きいところです。

 

 

 

おせっ会:お母さんがバッグを縫ってくれるんですね!!それはいいなぁ。つまり「KUJIRA」の商品はお母さんとの合作なわけですね。息子が染めて母が縫うバッグ!素晴らしいなぁ。

 


大森:そんなカッコいいもんでもないですよ(笑) けっこう喧嘩になります(笑)

 

おせっ会:そうですか(笑)親子で仕事をするってなかなか大変だといいますもんね。

 

大森:それでも、自分がカッコイイ!とか素敵!と思える商品を作り、さらにそこへお客さんのニーズに合わせたデザイン、機能を取り込むセミオーダー式のオーダー製品なのでやはり、気軽に細かい相談できる母が協力してくれることはすごくありがたいですね。

 

おせっ会:館山に帰ってき来てみて、どうですか?館山も変わりましたでしょ?

 

大森:そうですね・・確かになんとなく変わってきましたよね。でも、いい意味で変わっていないものも多くて嬉しなぁって。

千葉に住んでいた時も、若葉区というすごく緑の多い場所に住んではいたのですが、やはり館山の緑は深さが違う。前の川(大森さんのお店の前には広い川が流れている)もそうだし、変わってほしくないものが変わっていいなかったのはすごく嬉しいです。


自分の目が変わったのかもしれない。     

離れてみて気がついた館山・南房総の魅力 


館山も確かに変わり始めているのかもしれないけど、それよりも高校を卒業したあと、しばらくこの土地を離れていた自分の目が変わったのかもしれない・・とも思うのです。いままでなんとも思っていなかった、当たり前だと思っていた館山・南房総の魅力にあらためて気がついたという感じでしょうか。

現実的なメリットを考えて戻ってきた館山ですが、いまでは

「なんかいいよね、館山」って思っています。

 

おせっ会:ここって、「なんかいいよね」っていう感じの地域ですよね。強烈な光を放っている地域ではないかもしれないけれど、なんとなく良い感じの雰囲気が一つの魅力なのかもしれませんね。

大森:そうなんです。欲を言えば尽きない。でも、ここにないものは木更津とか千葉とか東京にいけばなんとか手に入ってしまうし、特に日常で欠如していると感じるものは取り立てて無い気もします。

強いていえば、千葉の友達とかが遊びに来たときにちょっと連れていける、いちごとか、花とかといった観光地ではない、雰囲気のよい食事をする場所とかカフェとかそういった

場所がもっと増えるといいなぁ・・とは思います。

 

おせっ会:都市までのアクセスもよくなりましたしね。行こうと思えば日帰りで簡単に行ってくることもできますしね。

 

大森:もう一つ帰ってきて思ったのは、この地域の女性、特に母の世代がすごく元気だということ。本当にこの地域は「おばちゃんが支える地域」といってもいいくらいに感じます。

大きな声で話し、大きな声で笑う。なにかというと集まって食事会したりカラオケしたり、海外旅行だってパッと行ってきてしまう。本当にエネルギッシュ!

見て、聞いて、そして肌で感じていろんな情報を仕入れているから物を見る目も厳しいです。千葉や東京のおばちゃんたちってこんなに元気でアクティブではなかった気がします。

 

おせっ会:ほぉ・・そうですか。確かにうちの母も元気だもんなぁ。我々の世代の方が元気ないかもしれませんね。

 

大森:そうですね(笑)そういった厳しい目をもった人たちにも喜んでもらえる商品も作っていくことが一つの目標でもあります。

 

おせっ会:ところで大森さんのお仕事にとって館山・南房総ってどうなんですか?

 

館山・南房総はお宝の山          

大森:すごく面白い場所です。隠れたお宝がたくさん。

「 染 」に使う植物はもちろん豊富にありますので、これからいろんな色も研究してゆきたいですし、地域にあるお宝を活用して商品にしてみたいとワクワクしています。

ちなみにこのお店の内装も地域素材を使って作ったんですよ。



おせっ会:へぇ〜器用ですね〜!

 

大森:予算の削減というのもあるんですけどね(笑)

この商品棚は和田のクジラを水揚げする場所の床板を取り変えるときに出た廃材を使用させていただきました。この風合いすごくよくて。

匂いを取るまでが大変でしたけどね(笑)でも大した加工はしてないんですよ。

この床板がクジラの水揚げ場から来たということから、バッグのブランド名を「KUJIRA」としました。

そういったことも含めて、この地域にはいろんな素材があると思うんです。農産物、海産物、ストーリー、景色、歴史・・お宝がいっぱいです。

 

夢はべエルリンで自分の染めた生地が使われること。   


おせっ会:そうかもしれませんね。「古今」「KUJIRA」の今後の夢とか具体的な未来像っておありですか?

 

大森:まずは、お客様に喜んで頂く商品、サービス提供に努力し商売としてしっかり利益をだしてゆくことですね。

それから、3年を目標にドイツのベルリンに自分の染めた生地の販路を作りたいと考えています。

ぼくは、丈夫でもし破損しても直し、色が褪せてきたら染め直し長く使って頂ける商品を目指して作っています。お客様にはボロボロになるまで使い倒してもらいたいと思っています。国民性としてドイツの人はそんな価値観を持っているように思いますし、憧れている場所です。天然色で染めた日本の染め物がドイツでどんな形にデザインされ、何に使われるのかすごく楽しみです。



★天然色染屋「古今」 

天然染料での染物

布製のバッグ、ジーンズなどを染め直しもあり。

★「KUJIRA

天然染料で染めたセミオーダーによる帆布製カバン店

OPEN:金曜日 土曜日 日曜日21:00~24:00

    第2、第4土曜日/ONE DAY SHOP 11:00~17:00

 

Web site    http://kocon.a.la9.jp/

所在地 千葉県館山市高井240-8
連絡方法 TEL&FAX 0470-28-5969
mail
 kocon@nifty.com



14-10
地域おこし協力隊 岸田一輝さん
2014-10-28 16:25:39


地域おこし協力隊                   岸田一輝さん  

館山に移住し、地域おこし協力隊として館山市役所の「まちなか再生事業」に取り組みつつ、若手建築家としてお仕事をされている岸田一輝さんのお話をお伺いしました。

きしだ

 

岸田さんは、2008年の大学3年生の時、始めて館山を訪れました。岸田さんは大学で建築のデザインを学んでおり、当時所属していた研究室の教授が設計した別荘を見に行ったようです。「その時は、とにかく遠いところだなぁ」と、当時の感想をお話します。

大学を卒業後、千葉大学大学院に進み、館山のプロジェクトを担当。そこで再び館山と出会います。

同大学院では「館山の低利用建物の再活用を通したまちづくり」を研究していました。大学院修了後は、館山を離れ、東京の都市コンサルタントに入社し、日本各地のまちづくりのお手伝いをされます。2013年、千葉大学大学院に戻り、特任助教に就任し、館山市長須賀で実施されていた「2013年まちなか再生支援事業」に参加しました。また建築家としてデザイン事務所を設立しました。そして今年度、館山市の「地域おこし協力隊」に就任し、様々な活動を展開されています。

 

【岸】「東京の都市コンサルタントで各地のまちづくりのお手伝いをさせていただいていましたが、本当に自分の取り組みたい事とうまくかみ合わずいろいろ考えているところに千葉大学大学院の特任助教と長須賀で実施されたまちなか再生支援事業のお話を頂き、それがきっかけに館山に移住しました。」

この「まちなか再生支援事業」が行われる長須賀は館山駅にほど近い、いわば館山市の中心市街地ともいえる地域です。

もともとは商業が盛んな商店街でもあり活気のある地域でしたが、今は衰退傾向にあります。

岸田さんはこのプロジェクトが展開される「長須賀」に住み、消防団や壮年会にも入って活躍中。

【お】「消防団や壮年会の活動はなかなか大変でしょう?」

【岸】「当然大変ですが、地域の皆さんの支えもあって、なんとか邪魔にならない程度に活動に参加させてもらっています。」

【お】「実際に長須賀で感じたことは?」

【岸】「長須賀の皆さんと関わりながら感じるのは、長須賀にはたくさんの『道楽』の達人がいるということですね。」

【お】「どうらく・・?みんな遊び好きってことですか?」

【岸】「『道楽』っていうのは単純に「遊び」という意味ではなくて、「自分のための仕事」という意味です。逆に「他人のための仕事」は『職業』。これは夏目漱石の言葉です。ちょっと普段僕たちが使っている意味とは違いますね。魚釣りが好きな人は自分が楽しめるように工夫し、良く釣れる場所を調べて、良く釣れる餌を研究して、そして早起きして釣りをしますよね。こんな感じに自分の楽しみのための仕事が『道楽』。家族サービスや、嫌でも付き合いで飲みにいかなきゃいけないような場合もあるじゃないですか。これは『職業』と言えます。普通は生活を「仕事」と「遊び(レジャー)」という感じに分けると思いますが、違う分け方をしたのが「道楽」と「職業」というわけです

まちづくりとか、地域おこしとかって、「自分の街のためになにかやるぞ!」、「自分の子供(孫)が暮らしやすいように!」、「みんながやっているから一緒にまちづくりしようか」と住民の方々が意気込んだり、付き合いでまちづくりに参加したりするケースが多いんです。これは「他人のためにやる仕事」ですよね。言わば、『職業としてのまちづくり』です。これはなかなか長続きしない。

そこで僕が立てた仮説は「自分(たち)が心から楽しい事を継続的に実現させ、少しずつまちづくりに関係させていくことで、まちの活性化を実現できる。」ということです。言わば、『道楽としてのまちづくり』と言ったところでしょうか。

去年、日本のまちづくりの第一人者の先生方に、この仮説を発表した事がありますが、かなり評価がよかったんです。

これは特に僕の功績でもないんですよ。この『道楽』としてのまちづくりというものが有効なんじゃないかな、と思わせてくれたのは長須賀の方々です。

長須賀では、祭り、納涼露天市、音楽ライブパーティなど、まちの『道楽』を協力し合い、それぞれの得意な技術を使ってつくっています。当然、お仕事などでお忙しい方々なのですが、お仕事の合間に、またはお仕事を早く切り上げてやる方もいます。しかも、それぞれのまちの『道楽』が、まちを活性化したり、維持したりすることに有効に働いているんです。すごくないですか?最近のまちづくり業界の議論を見ると、「若者がまちづくりに参加すること」、「住民の得意分野を生かして、協力してまちづくりに取り組むこと」が必要だという流れなんですが、長須賀では『道楽』をテーマに、ずっと昔から実現していたんですね。そんなことを考えると長須賀は、まちづくりにおいて最先端のまちだったんです。


僕は、自分の道楽もやりつつ、みなさんの『道楽』を支えたり、実現のお手伝いをしたりすること。そして少しずつまちづくりに繋がるようにしていくことが自分の地域おこし協力隊としての役割だと思っています。

新たな価値観を常に生み出しつつも、長須賀のアイデンティティを維持し、楽しい長須賀になればと思っています。」

【お】「岸田さんが大学で研究されていたのは、『館山の低利用建物の再活用を通したまちづくり』でしたよね?そういった専門分野も、その道楽に活かせるのでしょうか?」

【岸】「もちろんです。例えば、長須賀には『プリンセスの会』という女性の会があります。これも○○婦人会とか言いそうなところですが、プリンセス・・って名付けてしまうあたりセンスの良さがあふれていますよね!この会の皆さんの拠点を利用頻度が低くなった古い商家を改装してつくったんです。今では、日々、会員の皆様がお茶をしに集まったりする姿がみられますし、先日、地域の健康推進イベントや、本格的なお茶会にも使われるようになりました。この改装は、千葉大学の学生たちに設計させ大部分を自分たちでやってもらいました。それによって、学生も勉強になりますし、地域のひとと、大学生との交流も生まれました。今は、長須賀にある使われなくなった公民館の改修と、空き家の改修を進めています。」

プリンセスサロン

【お】「岸田さんは地域おこし協力隊に就任する以前に、建築のデザイン事務所を設立してますよね?お忙しいですね・・。」

【岸】「今は、市内にイタリアンレストランの設計をしています。その関係で、東京と館山を行ったり来たりしながらの生活です。東京も館山も刺激的な場所なので、それぞれの場所で刺激を受けながら仕事ができているので、すごく充実しています。」

【お】「すごくお忙しい毎日ですが、楽しそうですね。さて、今後の岸田さんの思い、そしてやっていきたいことは?」

【岸】「館山は良い意味で『スキ間』の多い地域。あまり利用されていない建物、空き地などです。昔もまちの中にスキ間がありました。例えば子供たちは、そのスキ間に秘密基地をつくったり、悪いことをしたりして、自分たちで学んでいた。昔の子供は、まちのスキ間を使う事には天才的でした。大人たちも、スキ間でバーベキューをやったりしてたじゃないですか。今はあんまり使っていないですよね。そういうスキ間を色々と有効に使いたいですね。その方法として『道楽』が良いと思っています。」

【お】「地域おこし協力隊の任期は3年と聞いていますが、その後は?」

【岸】「きっと、長須賀のまちづくり自体、3年で仕上がるものではないと考えています。この3年間でできるのはきっとある程度の道筋をつくるということにとどまるでしょうが、引き続き長須賀のまちづくりを進めたいです。また長須賀の方々に教えてもらったノウハウや、ネットワークをもって、この地域と都市部をつなぐようなデザインを生み出す仕事をしていきたいです。」

 

道楽のまち長須賀・・もともとの住民が気がつかなかったこの街のチカラに岸田さんが気付き、地域おこし協力隊として磨きをかけようとしています。

お話をうかがっていて感じたのは、岸田さんには物理的な、もしくは地理的な強い執着はなく、コミュニティ、社会、街のなかにある空間などの

デザインをすることに対する彼のなかの『道楽』にこだわりがあるということです。その彼が目指すのは自分のための仕事として・・つまり自分が生きていて楽しい地域を自らの手でつくろうとする欲求に満ち溢れている・・つまり彼自身が道楽人なんだということでした。

そんな若きまちのデザイナー岸田さんの活動する長須賀の今後がすごく楽しみですね!

 


14-09
移住者インタビュー≪ Uターン編 ≫ 『パワフルで...
2014-09-02 11:36:35

 

小池哲平さん(31) 真由美さん(31)

  将太くん (1)


今、生まれ故郷に帰り生活を新たにはじめる=Uターンをする人、希望する人が全国的に増えているようです。

今回の移住者インタビューは南房総白浜ご出身、大学、就職と東京で過ごされ、ふるさと白浜にUターンし起業、あらたな生活を作り暮らす小池さんファミリーのお話をうかがいました。


【お】哲平さんは、リクルートで活躍されていたんですよね?

リクルートと言えば、一流企業だし、そこを辞めて南房総に戻ることに迷いはなかったんですか?


【哲平さん】

そうですね・・、リクルートでの仕事はやりがいもあったし、すごく良い環境のなかで仕事ができました。色々な経験をさせて頂きました。


でも、いつか経営者になりたいと思っていたんです。

なんの事業をやる、という希望ではなく経営者になりたいという強い思いをもっていたんです。


※リクルート時代の小池さん。


【お】経営者ですか?またなぜ?

【哲平さん】僕の母がずっと経営者でして、いつも活き活きと楽しそうに生きている母の背中を見て育ったからです。

前職は、リクルートの転職支援をする会社に居りましたのでたくさんの経営者の方々とお会いしお話を伺う機会に恵まれました。しかしそのポジションに満足してしまって、入社するときには3年で独立すると考えていたのですが、3年を過ぎても会社に居続けてしまいました。


【お】起業のきっかけは何だったのでしょうか?

【哲平さん】妻の真由美との結婚です。僕が28才のときに結婚をしたのですが、新婚旅行中のハワイの夜にビーチでぼうっと先のことを考えていたんです。結婚をして大分将来の可能性が狭まってきたなーっと。この先2年後には子どもができて、30歳になって。。。そうなったら独立なんて、怖くてできないだろうなーって。そこで独立起業するなら今すぐにやるしかないって考えたんです。その日のうちに、妻に言いました。独立したいと。


【お】新婚旅行先で・・ですか。奥さんもビックリだったでしょう?

【真由美さん】そうですね(笑)でも、いつか経営者に・・という思いを彼がもっていたのは承知しておりましたし、あぁ、その時がいよいよ来たんだなぁ・・と。

彼とは、大学の同級生ですので一度決めたら、もう止まらない人だという事はよく解っていましたし。

もちろん、「いいのかなぁ?大丈夫?」とは思いましたけど、もう決断しちゃってましたしね(笑)


私よりも、私の実家の両親が心配してましたよ!

リクルートみたいな安定した大企業にいる相手と結婚したわけですから、両親としては安心しきっていたでしょうしね、かなり心配しておりました。


【お】そりゃ、そうですよね(笑) 僕が親御さんだったら、やっぱり心配します。

そして、Uターンの計画をどんどん進めて塾の開業に動いたわけですね!

生徒さんもすごく多いし、大成功ですね!


※定期テスト前の直前対策の様子。定期テスト前はほぼ毎日塾に集まり勉強をします。



【哲平さん】ありがとうございます!おかげさまで現在の生徒数は70名、白浜にありながら、館山、千倉、富浦や、更に遠くだと茂原、千葉市など遠方から来てくださる生徒もいます。数ある塾の中から選んでくださり感謝しています。


【お】起業をしたいと思ってから、塾を開業するまでの経緯について教えて下さい。


【哲平さん】実は何をやるかは最初は決めていなかったんです。ただ漠然と生まれ育った南房総でやりたいとは思っていました。


【お】それはなぜですか?

【哲平さん】

東京では勝てないが、田舎でなら勝てると思っていたんです。


単純に労働時間で比較してみても、東京では7時に家を出て、仕事をして家につくのが23時、24時というのが当たり前。とても優秀な人達が自分の身を削って限界まで頑張っている。そんな人達と競争して、勝てる自信がなかったんです。南房総でそういう働き方をしたら、それだけで勝てるんじゃないかと。


そこで南房総で起業をしている恩師に相談に行きました。その人は中高とお世話になった塾の先生なんです。先生も東京で働いてから、南房総でUターンして塾を開業したという先生でした。


【お】どんなお話をされたんですか?


【哲平さん】先生が起業するまでの経緯や、最近の白浜の起業人を紹介してもらいました。

白浜で美容院を経営しながらも、オダギリジョーさんのヘアスタイリストとしてカンヌまで行ってしまう砂原さんや、犬の毛を切るトリマーでありながら犬と泊まれるホテルもはじめられた佐藤さん、廃墟を改装しておしゃれなカフェ・シェアハウスを立ち上げられた多田さんなど、パワフルで、魅力的な人が白浜に集まっていたんです。そんな白浜に衝撃を受けました。


【お】白浜に魅力的な人が集まってきていたんですね。


【哲平さん】はい!

最初は白浜を田舎だと舐めていたのですが、白浜は大分進化していました。(笑)

僕が小中高と生まれ育ったときは今から10〜20年前ですが、そのころの白浜とはなんか違うなと感じました。

当時はそんなすごい人は、白浜にいなかったと思います。

「田舎はしょぼいから勝てるでしょ!」と田舎で起業を考えていたのですが、そうじゃないなと感じました。

ただその人たちの魅力と、これから変わっていく南房総のおもしろさを感じて、南房総で何かをしたいという思いはかえって強まりました。

その後は自分の強みを整理して、「人の成長を支援する」「キャリアを一緒に考える」というキーワードから学習塾をやろうと思いました。

そんなときに恩師が塾の引退を考えていることをうかがい、塾を引き継がせていただきたいとお願いをしました。


【お】そうやって塾を始めることになったんですね!

【哲平さん】僕は、もともと人に何かを教えることが好きだったんです。

学生時代に、大好きな野球やテニスを後輩に教えたり、浪人時代に勉強を教えたり(教えられたりも多いですが)。自分の習得したコツ、編み出した技を教えて、その人が変化したり進化したりするのを近くで見るのが、喜びでした。「もういいよ」と多少鬱陶しく思われるくらいでは引かないのも、独特だと言われます。


【お】オセッカイな人なんですね(笑)すごく気持ちがわかります。

【哲平さん】たしかにおせっかいですね。私の塾でも、生徒はもしかしたら勉強だけ教えてもらえればいい、と初めは思って入塾しているかもしれません。でも、おせっかいなのでもっと深いところまで突っ込んで、生徒とは関わり合ってます。


ある成績の伸び悩んでいた生徒が、なぜ勉強が必要なのか・・という疑問をもっていました。

勉強をする理由を自分なりに持っておかないと踏ん張れないので、勉強する理由づくりをしに行きました。お家にお邪魔してその子の話を聞き、何をしたいか、どんな大人になりたいかをとことん聞きました。よくよく話を聞いていくと、その子は実は、お金を稼ぎたい、かっこいい大人になりたいとという希望を持った子で、野心のある子だったんです。それを実現するための具体策を一緒に考えていきました。すると今勉強することと、自分の将来のつながりが、実感できたようです。それからは塾の自習室に夜1時までいることもあったりと、自分のために勉強をするようになりました。


また、疲れでモチベーションが下がったときには、志望大学見学を一緒にします。帰りに東京らしい遊びをしたり。昨年は、生徒たちは行ったことがないだろうということでゴルフバーで遊んだりして。もう少し頑張ればこんなに楽しい東京暮らしが待っている!とモチベーションを高めていきました。


 

※大学の授業を見学。写真は慶応大学の授業。


※モチベーションアップのため、東京暮らしっぽいことを経験してみたいという生徒の要望に応え、大学見学の帰りに銀座のゴルフバーに行きました。


 ※初めてながらもボールにあたってました。


生徒の思いや個性を見て、その子を伸ばすための計画を一緒にする。

そうしてゆくなかで、その子の成長が見えてきて輝き始めることがすごく嬉しいです。


今、館山市内に住居兼、塾を新たに建設しています。今後はもっともっとそういった子どもたちが増えていくことを目指したいと思います。


【お】誰かの才能を見つけてそれを伸ばす手伝いをするなんて素晴らしいお仕事ですね。

事業も安定してきて、きっと地域もいろんなところが見えてきたかと思いますが、

でどうですか帰ってきてみたこの地域は?


【哲平さん】日々新たな良さを発見する毎日ですね。元々都会に憧れがあって、あまり田舎は好きじゃなかったんです。でも、いまは自分のふるさと南房総・白浜の素晴らしいところばかりが目に入ってきます。


これからは、この地域の同級生や幼なじみ以外にもネットワークを広げていき、南房総をもっと元気にできたらと思います。そのためにも塾生に成長してもらって、地元に優秀な人材を供給できればと思います。


【お】さて、一方真由美さんは、南房総のご出身ではなく、ご主人の故郷へ来たわけですが、こちらの暮らしはどうですか?都会で暮らしていらした方には不便でしょう?


【真由美さん】そんなことないですよ!

不便という不便は感じた事はありません。むしろ便利かもしれません。

東京では、買い物をして家まで帰る間に電車にのって、歩いて・・ってずっと手に荷物をもって移動ですよね。南房総ならお店を出て車に乗せたら玄関まで荷物を持ってあるくこともしなくて済みますしね。毎日のことですから大きな違いです。


それに、人が素晴らしいです。

将太を連れて歩いていると、見知らぬ人が優しく声をかけてくれます。子どもにとってはすごく良い事だと思います。人が好きになりますよね!

主人の同級生にお会いしても、たまたまなのかもしれないけど、まず、人の悪口を言う人がいないんです。会話をしていても本当に気持ちが良いです。

きっと、こんな環境で育ったからなのかも。


私も、東京の出身者ではなく、いずれ子育ては東京以外で・・と思っていたのもありますし、豊かな自然も含めここは、本当に子育てには最高の環境だと思います。

心配していた実家の両親も南房総に何度が足を運んでいるうちに、ここの良さを実感して安心したようです。「いいところだ!」と凄く感心しておりました。

主人の事業が安定してきたのもありますが、基本的には子育ての環境としてすごく良いところとの実感が強くあったようです。

※週末の過ごし方の様子。「すぐ近くに大きな公園があるのでよく行きます。」

※公園にある恐竜の遊具で遊ぶ様子。

※近くの海に散歩に行ったときの様子。「館山は自然がいっぱいで、週末の遊びは充実しています。(真由美さん)」


※哲平さんの趣味は草野球。「東京に比べたらグランドが取りやすいですし、その辺の空き地でキャッチボールしたり、ノックしたりも簡単にできます。休日の充実度はかなり上がったと思います。」


【お】孫は強し!ってとこでしょうかね(笑)

最後に、これからUターンをお考えの人たちにむけメッセージがあれば、お願いします。


【哲平さん】迷っているなら、一度館山に様子を見に来てみるといいと思います。Uターンした人や、Iターンした人に話を聞きにきてみる、すると実情がよくわかると思います。


僕が驚いたのは生活費が下がったことです。東京にいたときの80%ぐらいになっています。家賃が安いですし、スーパーに並んだ食材の価格も安い気がします。特別な節約をしているわけではありませんが、自然と生活費は下がるのではないかと思います。なので、収入は多少ダウンしても東京にいるときと同等の生活水準にはなると思います。収入が維持できれば、可処分所得が増え実質的には収入アップと考えていいのではないでしょうか。

なので生活水準を維持したいと思っている方がハローワークで仕事を探しているときに、今の年収を基準にするのではなく、8がけの金額を基準に探してけばいいのかなと思います。


【真由美さん】

私は、Uターンではないけど、本当にここに住んで良かったと思っています。

主人がお話しした通り、生活は本当に豊かさを感じます。

東京と間取りはさほど変わらない家に住んでいますが、すごく広く感じるんです。

窓の外に見える景色の差なのかもしれません。空が広い!

繰り返しになりますが、本当に良い人たちがここにはたくさんいます。ご主人、奥様の故郷に一緒に戻ってくる人たちにとっても安心できる場所だと思いますよ!



【お】お忙しい毎日のなかの貴重な時間を頂きました。本当にありがとうございました。


※長男将太くんの1才の誕生日。1升モチを背負うイベントを家族で行う様子。「将太の祖父母が近いことで子育てに協力してもらえるのは本当にありがたい。僕達の知らない子育ての知恵があるので将太には良い経験をさせてもらっています。(哲平さん)」


※従兄弟と一緒に誕生日会。「飲み会も、東京時代に比べ家で行う機会がふえました。時間を気にしなくていいし、子連れでもOK。お財布にもやさしいです笑(哲平さん)」


☆哲平さんの運営する学習塾

白浜ランゲージ・ラボラトリー

 科目:小学生 英数国

    中学生 英数国社理

    高校生 英

 料金:小学生 5,000円〜

    中学生 7,000円〜

    高校生 10,000円〜

 住所:千葉県南房総市白浜67342 

   シラハマアパートメント2F

   電話:080-1165-8666






14-04
「生きてゆく場所は自分で選んだ。」 柳瀬さんフ...
2014-04-17 15:06:36

生きてゆく場所は自分で選んだ。

柳瀬さんファミリー                               

都市に生まれ育ちながらも海や里山、生き物など自然が大好きで大学では環境について学び、いつかは、そういった豊かな自然のあるまちで暮らしたいと思っていた柳瀬さん。

30歳になったころ、転職を考える機会に館山と出会った。

☆柳瀬さんファミリーご家族構成

   浩志さん(36) 久美子さん(37) 

   穂乃葉ちゃん(1)

授業中の浩志さん


【お】どうして館山だったのですか?

【浩志さん】 「両親もおりますし、あまり実家から離れないところで考えました。

首都圏で考えるとなかなか館山のように海があり、里山があり、人のコミュニティがある・・むしろ館山・南房総くらいしかそんな恵まれた場所はなかったんです。」

 

【お】まだまだお若いし、就職先も少ないし不安が多かったのではないですか?

【浩志さん】「そうですね。でもその頃、仕事はなんでもやるつもりだったんです。仕事よりも自分の納得のいく生活を作り上げることが最優先だと思っていました。

当時、いろんなことを考えるなかで、館山のNPO法人 たてやま海辺の鑑定団さんが開催していたイベントに参加してみたんです。その時のスタッフの皆さんを拝見していて、『あぁ、こういう生き方もあるな』という気づきがあったのも確かです。 とにかく行ってみよう!住み始めよう!」


 


【お】ずいぶん思い切った移住でしたよね(笑)

【浩志さん】「確かにそうですね(笑) 仕事探しは苦労しましたね。でもね、実際、館山にも仕事はありますよね、若い人は特に選ばなければいくらでもあります。自分の理想としている暮らしのなかで、仕事が占めるバランスを考えるとなかなかピッタリした仕事の選択肢が少ない・・ということだと思うんです。。いくつかの仕事をしてみた結果、たどりついたのが、この学習塾『志孝塾』なんです。」

 

 ※1ヶ月無料体験会は4月15日までで終了しております。



【お】仕事がなければ、自分で作っちゃう!ということですかね。バイタリティあるなぁ。

【浩志さん】「いやいや、そんなカッコいい話ではないんですけど・・、でも強い思いはあるんです。この地域に住むようになり、いろんな人と出会い子どもたちと触れ合う機会にも恵まれましたが、この地域の子どもたちが、こんなに素敵な自然がいっぱいの環境をほとんど楽しまず暮らしているのに気がつき、もったいなぁ・・と思ったんです。」

 

【お】柳瀬さんの原点に戻ったわけですね。

【浩志さん】「そうですね。僕は、この地域の自然とまちが共存しているスタイルがとても貴重だと思ってこの地に定住しました。この地域の子どもたちはすごく恵まれている環境のなかに生まれているのに、遊び方といったら、ほとんど都会の子どもたちと変わらず、スマホでゲームをしていたり、家に閉じこもっていたりするんです。 僕がなにかのお役に立てないかなぁ・・と。」

 

【お】そうかもしれませんね。僕の世代(昭和43年生まれ)くらいがそういった子どもたちの暮らし方の境目かもしれませんね。

【浩志さん】「基本的には学習塾ですので、大きな目的の一つには勉強を理解し成績をあげるということは大事にしています。それでも子どもたちに押し付けたり、押し込んだりする勉強ではなく子どもたちが、理解する・・腑に落ちる瞬間の体験をさせたいと思っています。『あーそういうことなんだ!』『だから、こういう答えが生まれるんだ』という理解を深めてあげたいのです。塾での時間のなかで、勉強だけではなく、自然のことや社会のことも伝えたいと考えています。」

 

【お】おーっ!なるほど、それは子どもたちが勉強を好きになりますね!!

【浩志さん】「う〜ん(笑)勉強を好きな子ってそんなにいるもんじゃないですよ(笑) なかなか好きにはならない。でも嫌いになってほしくないんですよね。 『解る』という瞬間体験の繰り返しで、自分から理解しようとする、勉強するという意欲をもってくれたら嬉しいななぁ、って思います。 実は、それは勉強だけに言えることではなくて、世の中のことも同じだと思います。 社会の仕組みや自然環境のこともすべてそうだと。 気づく、理解をする、腑に落ちるという喜びを知らないとその努力をしなくなると思います。」

 

「体積の授業も理論だけではなくて、『体験』として学んでもらいたい。」とその場で手作り教材を作成!


「これが、1立方センチメートルでしょ、だから・・・」と手間をいとわない。


【お】 プロジェクト・ワイルドもその一環ですか?

【浩志さん】「そうですね! これは、自然のことを学び、理解するプログラムで子供から大人まで楽しめます。自然の素晴らしさ、面白さを知り、実際なにをどうしたら、その自然を守ったり育てたりすることができるのか・・まで学ぶことができます。塾の子どもはもちろん、もっと広くこの地域の子どもたちに体験してもらいたいと思います。」


 プロジェクトワイルド

プロジェクトワイルドのワンシーン。子どもたちが自然を理解してゆく。



【お】素晴らしいですね! どんどん地域の子どもたちに参加してもらいたいですね。 子ども・・といえば柳瀬さんもお父さんになられたんですよね!

【浩志さん】「はい! 館山で館山出身の妻と出会い、子供にも恵まれました。やりがいが違いますよね!! 塾の経営だってロマンばかりではなく、しっかり事業として育てなくてはならないと思いますよ。 館山には大手の進学塾もありますし、頑張らないと事業としては成り立ちません。 家族をこれで養っていくわけですから、頑張らないと!って気合いも尚更はいりますよ!」

 

 


 

【お】おー!パパー!がんばれ! この地域での起業は、都市での起業とは違う苦労がありますよね。ご苦労も多いでしょう?

【浩志さん】「そうですね、人口が少ない分、当然子どもも少ないですしね、広報のしかたなどもかなり苦労します。お金をかければ、それは広く宣伝することは可能ですがそうしたら利益が出なくなる。地域の特性に合わせ、ニーズを把握するというほかに、ニーズを作る、気づいて頂く、ということも一つの手法だと思います。」

 

【お】さて、久美子さんは元々館山の方ですね。柳瀬さんとはどんなきっかけでお知り合いになられたのですか?

【久美子さん】「たまたま知り合いが移住してきた女性で、その繋がりで知り合いました。もともとは彼の塾で英語を教える手伝いをしていたんです。 彼の子どもたちに向き合う姿勢にすごく共感できる部分が多くて。 彼は、子どもだけではなくて大人にも、社会にも常に真っ直ぐ向きあい真摯に行動する人です。 」

 

【お】移住してきたご主人ならではのご苦労とかはありますか?

【久美子さん】「う〜ん。特に感じませんね。たまたま彼が移住してきた人だったというだけで、今では私より地域に知り合いも多いくらいですしね!」

 

【お】いまも、英語を教えていらっしゃるんですか? 久美子さんはヨガも教えていらっしゃるんですよね?

【久美子さん】「英語は今、休んでいます。今は穂乃葉が大事な時期ですし、塾はお休みしています。ヨガは少しだけ教えています。館山市内のファミール産院で産後の方むけのヨガを教えています。」

 

【お】ほぉ・・産後ヨガ??

【久美子さん】「女性は、産後にいろんな身体の変化があり、もとに戻るまで大変だったりするものなんです。自分も経験したことですしヨガでそのお手伝いができれば・・という思いもありまして産後すぐから産後1年くらいの方までいろんな方が参加して下さっていますよ。多くの人がお気軽に参加してくださり、この地域のお産環境に少しでも力になれたら嬉しいと思います。」ファミール産院以外で出産したかたも参加できます。

 

【お】柳瀬さん、これからの展望などを教えてください。

【浩志さん】「館山に来て5年目になり、多くの人たちのお世話になりながら生きてきました。これからはそんな人たちに恩返しをしながら、その繋がりのなかでしっかりと生きていけたら嬉しいなぁと思います。塾もいずれ多店舗展開ができるようにしたいし、グローイングアップワイルドなど活動も含めて少しでもこのまちの力になれたら嬉しいなぁと思います。」

【お】移住して5年目になる柳瀬さん。思い切って館山にきて、就職や自分の思いのはざまでいろんな葛藤も乗り越えてきました。

 久美子さんという伴侶を得て、お子様にも恵まれ幸せいっぱいのご様子。ブレのない理想を貫く強い精神力と行動力がそこへ導いてきたのでしょう。

真っ直ぐな瞳と穏やかななかにも力のある口調がとても印象的な柳瀬さんでした。



☆浩志さんの学習塾 『 志孝塾 』

◇1対2の個別指導 

◇小学校1年生から中3年生までの全教科

◇月謝15,000円(月4回 週1回90分)

?16:00〜17:30

?18:00〜19:30 

?19:30〜21:00

?21:00〜22:30

〒294-0045館山市北条1003-2

電話 090-5767-1337

FAX   0470-23-1727


☆久美子さんの「産後ヨガ」

お問合わせは・・ファミール産院まで

〒294-0045 館山市北条2186-1

電話 0470-24-1135


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館山移住かわら版
・第5号 2009年10月発行
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・第3号 2008年2月発行
・第2号 2008年1月発行
・創刊号 2007年10月発行


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