浅野さんの館山移住ライフ

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浅野さんの「館山移住ライフ」
知らない土地への不安もある、田舎暮らしに対するマイナス面も知っている。でも、それを差し引いても子供を田舎で育てる価値は充分にある。

「子供たちにかえるべき故郷を」
これが浅野さんご夫妻の決断。

お子さんの成長にしたがい、そろそろ住替えを考える時期にきていた。
田舎暮らしを考え始めてからすでに数年が経過していた。実際、山梨の農村も下見に行ったこともあったのだが、なにかピンと来なかった。

奥様が熊本出身ということから熊本も考えたが東京には浅野家を囲む大事な仲間があり、行ったり来たりの関係はできれば続けたい。熊本では遠すぎるなぁ・・。

そんな思いからふっと気にかかったのが、ご主人のお父様の生まれた南房総だった。
海がある、山がある、東京へも近い。そうだ南房総がいいなぁ・・。

人脈やインターネット、そして足で探して決めた場所は鴨川だった。
仕事もすんなり見つかり順調・・・と思われた。がしかし・・。
鴨川はすっきりした良い町だ。亀田総合病院もあり医療も安心できる。
しかし何かが違う、移住が具体的になるにつれて、その思いが強くなっていくのだった。
「生活の匂いがしない」
鴨川はリゾート地として確立された場所であり、浅野家が目指した田舎ではなかった。

もう一度しきり直そう。
このままでは時間ばかりたってしまう。
来年は娘さんも小学校へ入学だし・・

2007年7月5日浅野さんは会社に辞表を提出、7月7日館山へ家族で向かった。目指すは「安西農園」だった。
農業に対して、憧れではなく「尊敬」を強くもっていたご主人は「農業に携わる背中を見せて子供を育てたい」と思っていた。

インターネットで検索した観光トウモロコシ狩りを運営する安西農園の記事から感じる「なにか」があったと浅野さんご夫妻は言う。
「子供達にトウモロコシ狩りをさせたくて」という“口実”で出向いた安西農園で、「実はこの地域に移住を考えているんだけど・・」と口火を切ってみた。

安西農園の安西淳さんは、ご夫妻と同世代。
畑で働く彼のまわりを浅野家の子供達と同じような年頃の子供達がはしゃぎ回っていた。

真っ黒な日焼け顔に真っ白な歯をみせ、豪快に笑う彼はその話を聞き一発!
「だぁいじょうぶですよ!」とこれまた豪快。

奥さんはこの一発で館山が良いかもしれない・・・と思った。

安西さんの人脈から農業法人への紹介も受け、一気に移住へ事が運んだ。
現在(8月28日)、就職先も決定し、格安で見つけた借家を改装中。
「こんな家でいいのぉ?」と築45年の家に大家さんは気が引けている様子だが、「この梁が見えているこの辺がたまらないよねぇ!」「この床は何色にする?」「木の家っていいよねぇ、土壁だよ、ほら」とご満悦。

改装、引っ越し、保育園の手続き。準備は山積している。まだまだ東京の住まいの片付けも進まない。
館山、東京の往復に疲労感を隠せない浅野家のみなさんだが、館山に移住するときめきも隠せない。

浅野家が七夕の日に出会った安西農園の真上には東京ではまず見る事のできない、それはそれは美しい天の川が見える事を、まだ浅野さんたちは知らない。早くおしえてあげたいなぁ。

この家族にとってこの移住が本当に幸せなものになるよう心から祈るとともに、「ご近所さん」としてお手伝いして差し上げたいと「おせっかい心」に火が灯る富崎在住移住コンシェルジュ 八代健正がレポートしました。
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・第2号 2008年1月発行
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